城下の悲劇〜自刃した女性、自ら戦った女性

逃げ遅れた女性達〜自ら死を選ぶ者も

 半鐘が鳴ったら城内へ退避せよ、と布告はされていたものの、 会津人の鷹揚とした態度は裏目に出た。アームストロング砲をぶっ放しながら進撃してくる官軍のスピードは、のろい会津人の意識をはるかに超えていたのだ。砲撃で鐘も聴こえなければ、混乱のあまり城内に入ることも出来ない。城門が閉められ、逃げ遅れた人々は、もはやこれまでと自ら命を絶とうとした。
 藩士とその家族で逃げ遅れた人々の多くは、死を選んだ。家に自ら火を放ち、老親を刺し殺し、子供を絞め殺して自らも腹かっさばいて死ぬ者、赤ちゃんを抱いたまま池に飛び込む女性・・・家老田中土佐もこの混乱の最中に自刃して果てた。多くの家は主人が戦に出ていて、妻や老親・子供が残されたままだった。残された彼らは、敵に辱めを受けるくらいなら、と自ら死を選んだのだ。


↑悲劇の舞台となった武家屋敷〜当時を再現した施設が公開されている。

西郷頼母の家族がことごとく自害

 この中でも西郷頼母一族の集団自決は悲惨を極めた。頼母の母をはじめ、妻や娘ことごとく自害して果てた。小さな子供はこれから何が起きるかも分からずニコニコしている。頼母の妻千重子は、その子を刺し殺し、自ら胸を刺して武士の妻としての最期を成し遂げた。女達は、いずれも辞世の歌をよみ、武家の女として最期のたしなみを乱すことも恥と考え、従容として自らを刺して死んでいったのである。自害して果てた一族は二十数名という悲惨さであった。
 一族が自決した直後、土佐藩士中島信行小隊長率いる一隊が西郷邸に突入した。彼らは一族がことごとく自ら果てた悲惨な光景に驚愕する。中島は、その中でまだ死にきれずうめいている女を見つけた。千重子の娘細布子であった。自ら刺したけど、死に切れないでいるのだ。細布子は中島信行を見て「敵か?味方か?」と問うた。意識のもうろうとした彼女は、相手が官軍の人間だということも判断できぬのだ。中島小隊長は、ここは要領で「味方です」と答えた。彼女は安心した表情になり、懐の刀を差し出し、介錯をするよう頼むのであった。まだ16歳くらいの少女に、介錯を頼まれるという悲惨な状況・・・さすがの中島も涙を禁じえなかったという。


↑涙橋〜会津の女性達はなだれ込む官軍に対し薙刀で立ち向かった。

容姿端麗・文武両道〜会津藩の才女中野竹子の最期

 会津若松城下に突入した官軍は、早くも略奪や婦女子の強姦もはじめた。敵に辱めを受けるくらいなら、と多くの婦女子が自害して果てたが、暴虐なる下郎共に対し自ら薙刀をふるって戦った女性達もいた。武勇を尊ぶ会津の武家の女を象徴するとしたら、中野竹子を挙げない訳にはいかぬ。
 中野竹子は容姿端麗、文武両道の才女であった。竹子を有名にしたのは「家を覗きに来た若者を薙刀で追った話」である。早乙女貢先生は、よっぽどこの話がお好きらしく、会津士魂を読んでると同じ話が2回か3回ほど出てくる。
 江戸で育った竹子が会津若松に来て驚いたのは、家に風呂が無いことだった。藩士の多くは百姓町人と一緒に銭湯に通っていた訳だが、竹子がもっともっと驚いたのは、銭湯が混浴であることだった。江戸市中は混浴禁止だが、全て徹底していた訳ではない。のんびりした地方都市の銭湯となると、混浴に対する意識はおおらかだった。
 とても耐えられない竹子は、家の中で湯をわかして、体を拭くことでしのいでいた。近所の若者達は、何とか竹子の裸体を盗み見たくてしょうがない。ついに障子に穴を開けて覗きに来る始末である。覗かれてることに気づいた竹子は、着物に着替えると、若者達に薙刀で斬り込んで来た。悲鳴を上げて逃げる彼らを、竹子は本当に斬ろうとしたのだ。街の長老が騒ぎを聞きつけて、びっくりして飛んできた。老人達が、地面に額をこすりつけんばかりに謝ったとなると、さすがの竹子も手が出せない。「二度とこのようなことをしないよう、身を慎むことです」と諭し、ようやくお許しが出たという。

 中野竹子は、妹や、そのほかの薙刀をたしなむ女性達と共に官軍と戦うことになった。会津軍の男達は「女の手を借りるなどと後世の恥」といい顔をしなかったが、彼女らの気迫に押されてしまった。
 薙刀を持った女性達の姿に、官軍は「わーい、女だ!召し取れー!」とへらへらする始末だ。竹子は薙刀で既に数人を切り伏せていた。返り血で真っ赤になりながらなおも竹子は下郎共に猛然と斬りかかる。ばかやろ!撃て、撃ち殺せ!・・・たちまちダダダと官軍の銃声が鳴り響き、竹子は倒れた。



↑薙刀を構える中野竹子像〜彼女にお会いしたかった!


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