中村勘三郎襲名披露講演をNHK教育テレビでやっていた。名古屋市の高校体育館を改造して行うという異例の講演で、彼のユニークな取り組みは相変わらずだ。体育館だから花道の長いこと長いこと。さて、お題は「義経千本桜」から「鮨屋」であった。義経千本桜とは、源平合戦の渦中に巻き込まれていく人々を描いた大作で、義経が終始主人公という訳でない。むしろ周辺の様々な人々を登場させ、もしかしてこんな話もあったのかなあという味付けで盛り上げていく。
吉野の田舎町に一軒のお茶屋さんがある。ここに、若い侍を供に連れた母子がやってきた。いかにも高貴なお方と見えるその女性の名は若葉の内侍〜平維盛の妻である。平維盛は、源平の戦いが源氏方の勝利となるに及んで追われる身となり、吉野近辺に潜伏中とのこと。若葉の内侍は幼い息子を連れて夫の行方を捜しに来たのである。
お茶屋さんで一休みしているところに、この近辺で旅人から金をカツアゲしてるどーしようもないヤクザ者、いがみの権太がやってきた。もちろん勘三郎が演じている。ひょうきんな役柄が似合う。権太は、若葉の内侍のお供小金吾の荷物を「似てたもんだから」間違えて持って行ってしまう。間もなく間違いだと気づいて戻ってきた権太に小金吾は「中身は確かであろうな」と追求に及ぶ。そんな、お疑いなさっているんですか、と権太が差し出した荷物は確かに事故はなかった。権太は、今度は自分の荷物を持って去ろうとするが、おや?お金が無い!無い無い無い!と騒ぎ立てる。小金吾は見事に権太のカツアゲにはまった。ヤイ、お金を耳そろえて返しやがれ!と息巻く権太〜あらぬ疑いをかけられた小金吾は刀を抜こうとするが、若葉の内侍に制止される。自らも追われる身、こんなところでいざこざを起こしている場合ではない、穏便に済ませられるのならばお金を払いましょう・・・小金吾は屈辱に体を震わせながら権太に架空の弁償をさせられるのだった。小金吾は七之助が演じている。不祥事の時に父親が謝罪してただけに、このお芝居を観てておかしくってたまらない。
やったやった、しめしめ!とお金を手にして喜ぶ権太に「あなた、いい加減にしてください」と諭したのはお茶屋さんの女将、なんと権太の奥さんなんだって!夫の非行に見て見ぬフリをせざるを得ないのだ。権太にまとわりつく息子をおんぶして、一家が退場する。権太もまた家族を持つ身でもあった。
さて、源氏方の追手が迫り、小金吾は身を挺して捕り手と戦う。この決闘シーンが長い長い・・・。ようやく追手を撃退したものの、小金吾は虫の息であった。若葉の内侍と子供は泣く泣く小金吾と別れる。その後、息絶えた小金吾の方へ地元の住人がガヤガヤ話をしながらやってきた。彼らは源氏方の捕り手から、逃亡中の平維盛を討ち取った者に金一封贈られるという話を聞かされた後に、家路についている途中であった。それじゃ弥左衛門さん、おやすみなさい、なんてヤリトリがあって一人家路につく弥左衛門。弥左衛門というこの老人こそ、あのどうしよーもねぇいがみの権太の父親なのである。彼は、ふと目にした小金吾の死体に驚くが、反射的に何かを企んだのか、小金吾の死体から首を切り離して家に持って帰ってしまうのだった。
さて、弥左衛門はこの街で鮨屋を経営している。弥左衛門は、持って帰った首を鮨桶に隠しておいた。何に使うのだろう?娘のお里はこのお店の看板娘、これもまた七之助が演じている。お里は、使用人弥助が仕事から帰ってくるのを心待ちにしている。お里はとにかく弥助さんに恋しているのである。花道から弥助が鮨桶をかついで帰ってきた。そのフラついた足取りに会場がどっと沸く。さあさ、鮨桶をこちらへ!と軽々と持ち上げるお里に会場が再びどっと沸く。お里は、いつも他人行儀の弥助にしびれを切らし、「お里、いま帰った!」こーいう風に言いなさい!と彼の他人行儀な物言いを改めさせようとさせるヤリトリがかわいらしい。そういうお前はこれまでの行いを反省してんのか(笑)。
お里が引っ込んだ後、父弥左衛門は弥助に対して急に態度を変える。まるで主従が逆転したかのようである。この弥助こそ三位中将維盛なのであった。弥左衛門は昔、中国貿易で海賊行為をした件で罪に問われたところ、維盛の父重盛に罪を許され、その恩を返すつもりで維盛を匿っているのであった。もちろん娘お里はこのことを知らない。そもそも維盛は妻子を持つ身、もちろんお里はそのことも知る訳もない。
さて、弥左衛門が留守の間、息子いがみの権太がひょっこりやってきた。権太は既に父弥左衛門から勘当されている。留守を狙って母上に金を無心しに来たのだ。奉行所に収めるはずの金をなくしたとか言って泣いてみせる権太、どうも権太には甘い母上はお金を権太に渡してしまう。しめしめ、とそのとき父弥左衛門が帰ってきた!どうする権太、金はとにかく鮨桶に入れて身を隠す権太・・・ここで鮨桶に金を入れたことが思わぬ展開を招くのである。金を入れた鮨桶のとなりの鮨桶には?そう、小金吾の首が入っているのである。父弥左衛門は、源氏の捕り手が追求に及んだ時の為に首を準備しているのである。
さて、鮨屋も閉店間際というところ、小さな子供を連れた高貴な女性が一晩の宿を請うてきた。若葉の内侍が偶然にもここへたどり着いたのである。再開を喜ぶ弥助(維盛)と妻子〜だがお里にとっては耐え難い失恋であった。まさか弥助さんが三位中将維盛などという高貴なお方だったとは。父親や母親にまで嘘をつかれたとお里は悲観にくれる。
大変だ!源氏の捕り手が来た!との知らせに鮨屋は大騒ぎになり、とにかく維盛一家は逃げることとなった。父弥左衛門はもちろん鮨桶の首を使って場をしのぐ覚悟である。この一部始終を権太は盗み聞きしていた。維盛の首を刎ねたら金一封だ、しめしめ!と飛び出す権太、おっと待った!忘れ物をしていた!せっかく母上からくすねた金を忘れてた!と鮨桶を担いで花道を走り抜ける権太!さてさて、中身を確認しないで持ってっていいのかな?
梶原景時率いる捕り手が現れ、父弥左衛門はあたふたしながら「金の入った方の鮨桶」を差し出そうとする。ところが待った待った!この権太が首を刎ねました!鮨桶を担いで現れる権太、しかもひもで縛った若葉の内侍と子供を連れているではないか・・・。梶原景時は「でかした権太ぁ〜」と褒美である頼朝公の陣羽織を与え、若葉の内侍と子は源氏方によって連行されていく。
これで何もかもが水の泡、父弥左衛門は「おのれ権太!この親不孝者!」と刀を抜き、権太を斬るのであった。絶命寸前の権太は「とーちゃん、とーちゃん、違ぇんだ・・・」
虫の息で訳を語る権太に父弥左衛門はびっくり、鮨桶の中を見て首がはいってたもんだから権太は初めて父弥左衛門の忠心を悟ったのだった。これまでの借りを返すべく、何と自分の女房と息子を若葉の内侍親子の代わりに梶原景時に差し出してしまったのだ。何とまあ、権太ともあろう男が最後の最後で命がけの親孝行とは。
三位中将維盛は、頼朝の陣羽織に恨みの一刀を突き刺した。そしたら中から袈裟と数珠が出てくる。出家せよとの頼朝公の意思の表れに維盛は「敵ながらあっぱれ」と感じ入る。頼朝は平治の乱で捕らえられ、処刑されるところを池の禅尼の助命嘆願によって救われるが、それに重盛も絡んでいた。重盛は、清盛の横暴を制止できる数少ない人間で、その人格者ぶりに多くの人間が恩を感じていたことだろう。頼朝は、重盛の子供まで本気で殺すつもりはなかったと見ることが出来る。
維盛は、高野山への入山を決意し、ここで何とか史実とうまく噛み合ってくる訳だ。うまくできてるなぁ歌舞伎は・・・。
観てて面白かったのは、平安末期のお話なのに、役者さんの格好がみんな江戸時代だということ。いがみの権太は終始べらんめえ調、源氏の捕り手は町方の岡っ引き、梶原景時の登場はまるで「御用だ御用だ!」なのである。全てが江戸前の香りがするのだが、これは逆の時代考証という面白さがある。つまり江戸時代につくられた時代劇は時代考証がいい加減だったということで、いい加減であることを分かる人もいなかったということになろうか。知らなくてもなんにも困らない天下泰平の時代なのだ。当時の歌舞伎は庶民にとってちっとも敷居の高いものでも何でもなく、お弁当食べながらわーい!と喜んで観ていたのである。勘三郎は、高校の体育館という恐ろしく地べたとおんなじ敷居でもって身近に楽しめる舞台を設定した功績は大きい。勝手に敷居を高くした気取った東京の(江戸でなく)文化人に渇だ!
