相模大野〜発展と衰退と

相模大野駅ステーションスクエア

 相模原市南区の中心的存在である相模大野〜その核となっているのが小田急相模大野駅だ。大規模な駅ビル「ステーションスクエア」の大きさが画像から伝わるであろう。相模大野の商業を牽引したのは伊勢丹相模原店であったが、惜しくも撤退してしまった。結果、街の中心となったのが小田急の駅ビルなのである。商業施設にホテルまで併設した、ターミナル駅に相応しい存在である。

ホテル「センチュリー相模大野」

 執権北条隆時殿が、所用で相模大野へ来た際に「センチュリー相模大野」に宿泊した。その時の画像提供があったのでここで紹介するとしよう。シングルでの宿泊であったが、室内はビジネスホテルのツイン並みの広さに感じた、とのことであった。


↑机+椅子に加えてソファも設置されているのが嬉しい↑

 洗面所も壁面ガラス張りの豪華なもの。さらに環境への配慮か、歯ブラシは原料にお米を一部使っていて、紙で包装されるなどプラスチックを極力排除。タオルもセンチュリー相模大野のロゴが刺繍されているなど、こだわりがある。ただし、窓からの眺望がいま一つで、駅ビルの巨大なエアコン室外機とみられる構造物がドカーンと目に入って来たとのこと。大山を眺めることが出来る部屋はエグゼクティブルームらしいのだ。執権殿、残念でございました。

 隆時氏は「朝食付き」を選択。七階レストランはバイキング方式で、目玉焼きにオムレツにフレンチトーストと、あんたどんだけ卵好きなんだよと苦笑い。七階レストランからは、相模大野の街が一望できる。お城の天守閣から城下を眺める雰囲気だったという。さすが執権殿、例えが上手い。


 ステーションスクエアの大吹き抜け空間は、桜のモニュメントが飾られていた。相模大野駅前は桜の木、一本も見なかったが、四季折々の風景を演出してくれるのは有難い。ここで一首、

願わくは 花の下にて春死なん その如月の 望月の頃

 隆時殿、それは西行のパクリでござるよ。しかも桜の木の下は小田急線のホームである。平成の世に、安心して死ねる場所など無いに等しい。

ボーノ相模大野〜長くかかった再開発事業

 ステーションスクエアの真横にあるビルが「ボーノ相模大野」〜再開発事業が完成するまでの長さといったら、それはもう鎌倉時代から室町時代にかけての時代の流れを彷彿とさせるほどの長さで、お蔭で世の中もかなり変わってしまい、当初の計画を大幅に修正せねばならなかった。


↑駅ビルとは空中回廊で繋がっているところが素晴らしい!

相模大野〜発展と衰退を繰り返す

 相模原市博物館に展示されている相模大野のジオラマ。こう見ると、相模大野の発展ぶりが分かるが、伊勢丹の撤退で街の環境は大きく変わった。明らかに商都としての機能縮小が見受けられるのだ。伊勢丹相模原店跡地は再開発事業中。完成の暁には、街がどう変わっているのか、これからも注視して行きたいところである。





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北条四郎のホームページ〜相模原市写真集のコーナー

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