きらきらみちのく下北陸奥湾が見えて来た!

下北半島〜旧斗南藩の史跡を見る

戦いに敗れた会津藩主従〜はるか下北半島で再興・立藩するが・・・その史跡を訪ねる

 八戸駅から大湊行列車に乗った。「きらきらみちのく下北」という、なんとも豪華なリゾート列車だ。せっかくだからと指定席券を買ったものの、シーズンオフなので乗客は数えられるくらいだ。車内で「津軽三味線」の演奏会が行われると聞いて、見に行ったのは拙者一人。三味線の彼女も、お客が一人というのはかえってやりにくいらしい。弘前から来ているという彼女、東北訛りの語り口が素敵である。しかも、こんな揺れる列車の中で、よく三味線が弾けるもんだと感心してしまった。

延々と風力発電の施設が・・・むつ市中心部田名部へ到着!〜まさかりプラザに展示している山車

 津軽じょんがら・・・を聞きながら、ふと「ここは津軽じゃなくて南部領だったよね」と確認する。津軽と南部といえば、昔から犬猿の仲。明治政府が南部領の多くを青森県に編入してしまい、青森県内では「伝統の確執」が今でも続いているという。
 さて、車窓からは陸奥湾が見えてきた。反対側の車窓からは、巨大な風力発電設備が・・・どうも「内地」の風景ではない。北海道に似ているかも知れない。下北駅を降りて、じわっと寒気がした。おーっ、やはり寒冷な土地なんだなと。むつ市中心部「田名部」へ入った。観光物産館「まさかりプラザ」に入ると、田名部祭りに使われた山車を発見。

斗南藩庁の置かれた円通寺斗南藩庁の置かれた円通寺

斗南藩庁の置かれた円通寺斗南藩庁の置かれた円通寺

田名部にて・・・斗南藩庁の置かれた円通寺を見る

 田名部界隈は、むつ市の中心部であるが、とても静かな街だ。住宅街の一角に、円通寺というお寺がある。ここは斗南藩庁が置かれたところ。この光景だけでも、悲愴感漂うというか、荒涼とした雰囲気を感じることが出来る。朝6時半頃に撮影。日中は、お寺の営業時間なので、人や車の出入りが案外頻繁であった。はっきり言って「史跡」という扱いではないようだ。

円通寺の近所にある徳玄寺〜さらにさらに悲愴感漂う雰囲気

 円通寺の近くに「徳玄寺」というお寺がある。ここも斗南藩に関係する史跡である。中に入ると、当時の様子を説明したパネルが立っていた。斗南藩主となった松平容大が、主に生活の場に使っていたという。円通寺は禅宗寺で、何かと戒律にうるさいそうで、比較的いい加減な(失礼!)このお寺で過ごすことが多かったという。一国の主も、所詮お寺に寄宿する身なのだ。会津鶴ヶ城から落ちた先は、この壊れかけ寸前のお寺・・・東北の雄藩として君臨した彼らのプライドは、もうずたずたに引き裂かれたのだろう。



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北条四郎のホームページ〜「幕末会津藩の悲劇:最終章〜斗南の荒野を訪ねて」


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